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緑内障患者さんに使用できないお薬について

これまでの問題点について

緑内障は、その解剖学的特徴および発症機序により、大きく「開放隅角緑内障」と「閉塞隅角緑内障」に分かれます。これまでの医薬品添付文書の多くは、単に「緑内障」という用語を用いて禁忌を設定していました。長年にわたり、特に内科、精神科、泌尿器科、そして薬局の現場でこの用語の表現が大きな懸念事項となっていました。本来であればリスクの極めて低い開放隅角緑内障患者から、有益な薬物治療の機会を不必要に奪うという弊害を招いていました。 

2019年(令和元年)5月31日、厚生労働省医薬・生活衛生局安全対策課から発出された「抗コリン作用を有する薬剤等における「使用上の注意」の改訂について」という通知は、この状況を劇的に改善させる歴史的な転換点となりました。日本眼科学会からの要望に基づき行われたこの改訂は、最新の眼科学的エビデンスに基づき、抗コリン作用による安全性懸念が主として閉塞隅角緑内障に限定されることを明確にしたものであります。この改訂の対象となった薬剤は102品目にも及び、アトロピン硫酸塩、ジアゼパム、ブチルスコポラミン、クロルフェニラミンなど、日常診療で極めて頻繁に使用される薬剤が含まれていました。

開放隅角と閉塞隅角〜房水の流れを知ろう〜

緑内障の病態を理解するためには、まず、房水の流れ(房水循環動態)を知っておく必要があります(下図)。房水は、毛様体で産生され、後房から瞳孔を通って前房へと流れ込み、最終的に角膜と虹彩の接点である隅角に位置する線維柱帯からシュレム管を経て静脈へと排出されます。

眼圧は眼球を生理的に維持するためにとても重要で、この房水の流れがいずれかの部位で障害されると眼圧が上昇します。そして、緑内障は大きく、隅角が広くても房水循環が悪くなる開放隅角緑内障と隅角が狭いために房水循環が悪くなる閉塞隅角緑内障に分かれます。薬剤に注意しないといけない病型は、閉塞隅角緑内障になります。 

  

開放隅角と閉塞隅角は治療法も大きく異なるので注意

開放隅角緑内障では、房水の出口である隅角自体は解剖学的に開いている。しかし、線維柱帯などの流出路の障害により房水流出抵抗が増大し、眼圧が慢性的に上昇します。これに対し、閉塞隅角緑内障は、虹彩が角膜の根部や水晶体前面に物理的に近づき、房水の流れ、隅角を塞いでしまうことで眼圧が上昇します。この病態の違いは、治療法にも違いを生じさせます。開放隅角緑内障は、点眼・レーザー治療がメインに、閉塞隅角緑内障は、隅角を広げるためのレーザー治療、手術治療がメインになります。そのため、緑内障患者さん自身がどちらの緑内障のタイプであるかを知っておくことはとても重要です。

隅角閉塞は加齢により徐々に悪化していきます

隅角が一定以上閉塞してくると、隅角と虹彩が癒着し始めたり、眼圧が次第に上昇してきます。この一連の病態に陥った状態を原発閉塞隅角病(Primary Angle Closure Disease: PACD)と呼びます。

特に、眼球の長さが短い遠視の方、白内障により水晶体の厚みを増した高齢の方、解剖学的に前房が浅い傾向のある女性の方に多く見られます。加齢により隅角閉塞は悪化するリスクがあります。このような患者さんに抗コリン作用のある薬剤服用、散瞳剤点眼、精神感動、暗所などで物理的な隅角閉塞が誘発され、急性緑内障発作(急性原発閉塞隅角症)を起こし、緊急治療を受けないと失明に至るケースがあります。

米国眼科学会(AAO)および日本眼科学会のガイドラインに基づくと、PACDは以下の三つの主要な段階、および急性発作の状態に分類される。

  • 原発閉塞隅角疑い(Primary Angle Closure Suspect: PACS): 隅角鏡検査において 180度以上の範囲で虹彩線維柱帯接触(Iridotrabecular Contact: ITC)が認められるが、眼圧(IOP)は正常であり、周辺虹彩前癒着(PAS)や緑内障性視神経症(GON)を伴わない状態になります。
  • 原発閉塞隅角症(Primary Angle Closure: PAC): 180度以上のITCに加え、眼圧の上昇またはPASの形成が認められるが、視神経乳頭や視野にはまだ異常が見られない状態を指します。
  • 原発閉塞隅角緑内障(Primary Angle Closure Glaucoma: PACG): PACの条件を満たした上で、特徴的な緑内障性視神経損傷および対応する視野欠損が確認された状態になります。
  • 急性原発閉塞隅角症(Acute Primary Angle Closure: APAC): 全周性の隅角閉塞により数時間のうちに眼圧が正常値(10〜20mmHg)を大幅に超えて50〜70mmHg以上に急上昇します。眼圧が急上昇することで、角膜浮腫による視力低下、虹彩への血流阻害による激しい眼痛、さらに迷走神経反射を介した頭痛や嘔気が生じます。この状態を放置すれば、高い圧力が視神経乳頭を直接的に圧迫し、短期間で不可逆的な視神経死を招き、失明に至る危険性があります。
臨床病型隅角鏡所見(ITC範囲)周辺虹彩前癒着(PAS)眼圧(IOP)視神経乳頭・視野(GON)
PACS180°以上なし正常(21 mmHg未満)正常
PAC180°以上あり、またはなし上昇(21 mmHg以上)正常
PACG180°以上あり上昇または正常緑内障性変化あり
APAC全周性閉塞急性期には判定困難著明な上昇(しばしば 50-70mmHg)急性損傷の可能性

散瞳が隅角に及ぼす影響と機序

閉塞隅角緑内障患者さんにおいて禁忌とされる薬剤の多くは、瞳孔を広げる「散瞳」を引き起こす作用を有しています。散瞳の機序には、副交感神経抑制による瞳孔括約筋の弛緩と、交感神経刺激による瞳孔散大筋の収縮の二通りが存在します。

抗コリン作用による相対的瞳孔ブロックの増悪

副交感神経受容体を遮断する抗コリン薬は、瞳孔括約筋を弛緩させます。これにより瞳孔が散大すると、虹彩の周辺部が厚みを増し、隅角側へ押し寄せられる。もともと隅角が狭い眼において瞳孔が中等度に散大した状態になると、虹彩と水晶体の接触面が最大となり、房水が後房から前房へ移動する際の抵抗(相対的瞳孔ブロック)が最大化します。

このブロックにより後房内の圧力が前房よりも高まると、虹彩が前方に膨隆(iris bombe)し、最終的に隅角が完全に塞がれる。これが、抗コリン薬が閉塞隅角緑内障において急性発作を誘発する主要なメカニズムになります。

交感神経刺激による隅角閉塞

交感神経刺激薬(アドレナリン作動薬)は、瞳孔散大筋を収縮させることで散瞳を促します。これにより虹彩周辺部が隅角を塞ぐだけでなく、血管収縮作用によって隅角の流出路に影響を及ぼす可能性も示唆されています。市販の鼻炎薬等に含まれるプソイドエフェドリンやメチルエフェドリンは、この機序により眼圧を上昇させるリスクがあります。

閉塞隅角緑内障において禁忌とされる薬剤群について

閉塞隅角緑内障における禁忌薬剤は、その作用機序ごとに分類されます。ここでは、臨床上重要度の高いグループごとに、代表的な成分とリスクを列挙します。

抗コリン薬(鎮痙薬・泌尿器科用薬・抗パーキンソン病薬)

抗コリン薬は、アセチルコリンによる副交感神経刺激を阻害するため、平滑筋の弛緩や分泌抑制を目的として多様な疾患に用いられていますが、前述の薬理学的散瞳の隅角への影響でも記載したように、眼圧への影響が最も顕著な薬剤群であります。

  • 消化器用鎮痙薬: ブチルスコポラミン(ブスコパン)、ロートエキス、プロパンテリン。腹痛や胃潰瘍の治療、内視鏡検査の処置に用いられるが、全身的な抗コリン作用が強く、閉塞隅角緑内障では厳格な禁忌であります。
  • 泌尿器科用薬(過活動膀胱治療薬): オキシブチニン(ポラキス)、プロピベリン(バップフォー)、ソリフェナシン(ベシケア)、イミダフェナシン(ウリトス)。これらは膀胱の過剰な収縮を抑えるが、同時に強い散瞳作用を持ち、高齢者の閉塞隅角緑内障患者においては特に注意を要します。
  • 抗パーキンソン病薬: トリヘキシフェニジル(アーテン)、ビペリデン(アキネトン)。ドパミン不足を補うために相対的に亢進したアセチルコリン系を抑制する目的で使用される。長期間の投与が必要となるため、投与前の眼科的評価が不可欠であります。

抗ヒスタミン薬(第一世代および一部の第二世代)

抗ヒスタミン薬、特に第一世代は、H1受容体遮断作用に加えてムスカリン受容体遮断作用(抗コリン作用)を併せ持ちます。

  • 代表的成分: クロルフェニラミン(ポララミン)、ジフェンヒドラミン(レスタミン)、クレマスチン(タベジール)。これらは総合感冒薬、鼻炎薬、鎮咳薬、皮膚科用抗アレルギー薬として汎用されています。
  • 第ニ世代の扱い: メキタジン(ゼスラン)などは依然として閉塞隅角緑内障に対する注意が必要であるが、フェキソフェナジンやロラタジンのように、抗コリン作用を排した第二世代薬剤は、緑内障患者でも安全に使用可能な選択肢となります。

向精神薬(ベンゾジアゼピン系・抗うつ薬)

精神科領域で用いられる薬剤は、閉塞隅角緑内障における禁忌設定が非常に多く存在します。

  • ベンゾジアゼピン系(抗不安薬・睡眠薬): エチゾラム(デパス)、ジアゼパム(セルシン)、アルプラゾラム(ソラナックス)、トリアゾラム(ハルシオン)、ブロチゾラム(レンドルミン)。これらの多くは「急性閉塞隅角緑内障」を禁忌としている。筋弛緩作用により虹彩の緊張が低下し、隅角が塞がりやすくなる可能性や、微弱な抗コリン作用が関与しています。
  • 三環系・四環系抗うつ薬: アミトリプチリン(トリプタノール)、イミプラミン(トフラニール)。これらは非常に強力な抗コリン作用を持っており、閉塞隅角緑内障患者への投与は急性発作の誘発リスクが極めて高い。

硝酸剤および抗不整脈薬

循環器用薬の中にも、特殊な機序により禁忌設定されている薬剤があります。

  • 硝酸剤: ニトログリセリン(ニトロペン)、硝酸イソソルビド(ニトロール)。これらは脈絡膜の血管を拡張させ、脈絡膜の容積を増大させることで、眼球内の内容物を前方に押し出し、物理的に隅角を狭める可能性があるとされている。ただし、臨床的な悪化報告は限定的であり、亜硝酸アミルにおける一過性の眼圧上昇報告に基づいた歴史的な禁忌設定という側面も強いです。
  • 抗不整脈薬: ジソピラミド(リスモダン)、シベンゾリン(シベノール)。これらの薬剤はキニジン様作用の一環として抗コリン作用を持つため、閉塞隅角緑内障には禁忌であります。

一般用医薬品(OTC)におけるリスクと薬剤選択の指針

ドラッグストア等で入手可能なOTC医薬品は、医師の介在なしに購入されるため、緑内障患者にとって最大の潜在的リスクとなっています。

多成分配合剤の危険性

市販の風邪薬や鼻炎薬の多くは「総合感冒薬」として複数の成分を配合しています。

製品タイプ含有される懸念成分閉塞隅角緑内障への影響
総合感冒薬(パブロン等)ロートエキス、クロルフェニラミン鼻水を抑える抗コリン・抗ヒスタミン作用が散瞳を招く
鼻炎速溶錠マレイン酸カルビノキサミン、ヨウ化イソプロパミド強い抗コリン作用により、急速に眼圧を上げるリスク
乗り物酔い薬(トラベルミン)スコポラミン、ジフェンヒドラミン非常に強力な抗コリン作用成分が主成分となっている
一時的な不眠解消薬(ドリエル)ジフェンヒドラミン高用量の抗ヒスタミン成分が含まれる

緑内障患者における安全な市販薬の選択肢

閉塞隅角緑内障の患者さんでも、成分を厳選すれば使用可能な市販薬は存在します。

  • 解熱鎮痛: アセトアミノフェン(タイレノール)やロキソプロフェン(ロキソニンS)の単剤であれば、抗コリン作用を持たないため安全である。ただし「プレミアム」等の名称が付いた多成分配合剤には、カフェインや抗ヒスタミン薬が含まれている場合があり、注意が必要であります。
  • 咳止め: デキストロメトルファン(メジコンせき止め錠)は、抗ヒスタミン薬を含まない鎮咳薬として推奨されています。
  • 鼻炎・アレルギー: アレグラFX(フェキソフェナジン)、アレジオン20(エピナスチン)、クラリチンEX(ロラタジン)などの第二世代抗ヒスタミン薬は、抗コリン作用による禁忌設定がなく、比較的安全に使用できます。
  • 胃腸薬: 多くの胃腸薬にはロートエキスが含まれるが、スクラートGなどのように抗コリン作用成分を含まない製品も存在します。

外科的介入による禁忌の解除:レーザーと手術の効果

閉塞隅角緑内障や狭隅角と診断された患者であっても、隅角な解剖学的構造を根本的に変える外科的処置を受けた後は、薬物投与に関する制限が解除される場合が多くなります。

レーザー虹彩切開術(LI)

虹彩の周辺部にレーザーで小さな孔を開け、房水のバイパス経路を作成する処置である。これにより、瞳孔ブロックが発生しても後房の房水が直接前房へ流れるようになり、虹彩の膨隆が防がれる。散瞳作用のある薬剤を使用しても、急性発作が起こるリスクが極めて低くなるため、多くのケースで抗コリン薬等の使用が可能になります。ただ、角膜内皮細胞への侵襲が高いため、最近では行われなくなっています。

白内障手術(水晶体再建術)

加齢により膨隆した水晶体を薄い眼内レンズに置き換える白内障手術は、閉塞隅角緑内障の根本的な治療法となり得ます。手術により前房の容積が増大し、隅角が物理的に広く開通するため、術後は抗コリン薬による影響を受けなくなる。日本眼科学会の見解でも、白内障手術施行済みの場合は、原則として緑内障禁忌薬の使用制限はないとされています。

現場におけるリスクマネジメント:緑内障連絡カードの運用

患者が適切な薬物治療を受けるためには、眼科医、処方医、薬剤師の三者間での正確な情報共有が不可欠であります。

緑内障連絡カードの記載項目と活用法

日本眼科医会が、2020年に作成し、2023年に改訂された「緑内障連絡カード」は、この情報共有の標準ツールとなっています(https://kurimoto-ganka.com/wp-content/uploads/2026/02/glaucoma_information_card.pdf

  1. 病型の明記: 「開放隅角」か「閉塞隅角」かをチェックすることで、添付文書の禁忌に該当するかを瞬時に判断できます。
  2. 薬剤制限の要否: 眼科医が現在の隅角の状態を評価し、「制限なし」か「使用を控える」かを指示できます。
  3. 手術・治療歴の共有: 虹彩切開術や白内障手術の有無を記載することで、解剖学的な安全性を保証できます。

患者が他科を受診する際や、薬局で薬を受け取る際にこのカードを提示することで、不必要な疑義照会を減らし、かつ致命的な急性発作のリスクを確実に回避することができます。

薬剤師による疑義照会と患者指導

薬剤師は、お薬手帳や問診から緑内障の既往を確認した際、それが「閉塞隅角」であるかどうかを精査する責任があります。もし、閉塞隅角緑内障の患者に禁忌薬が処方された場合は、速やかに処方医へ疑義照会を行い、代替薬の提案や、眼科受診状況の確認を行う必要があります。また、患者に対しては、自身が「閉塞隅角」であることの自覚を促し、市販薬購入時の注意点を具体的に指導することが、地域医療における安全網となりうります。

まとめ

閉塞隅角緑内障における禁忌薬剤の管理は、単なる知識の蓄積ではなく、患者の視機能を守るための動的なリスク評価そのものであります。2019年の添付文書改訂により、開放隅角緑内障患者に対する不利益は解消されつつあるが、一方で真にリスクのある閉塞隅角緑内障患者をいかに特定し適切な治療を行い、視機能を守るという課題は依然として重要であります。

高齢化社会の進展に伴い、白内障と緑内障、そして多種多様な基礎疾患を抱える患者が増加しています。多種類の薬剤を服用している状況下では、個々の薬剤の抗コリン活性を評価するだけでなく、患者の眼の状態が手術によってどのように変化しているかを正確に把握することが、安全性とQOL(生活の質)の維持に深く関連しています。緑内障連絡カードの更なる普及と、ITを活用した医療情報連携の強化により、全ての緑内障患者が安心して最善の薬物治療を受けられる環境の構築が期待されます。

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